散歩道で見つけた縄文の地 | 夏休みの自由研究お勧めスポット

歴史散策

こんにちは!ひ~ちゃんママです。

今日の散歩道で見つけたところは、ここです。

えっ。ここはどこですか?

まるでタイムスリップしたみたいです。

町の中にこんなところがあるなんて驚きですよね。

ここは、富山県朝日町にある不動堂遺跡です。

不動堂遺跡って、縄文時代の住居ですか?

そうです。縄文時代中期の住居跡です。

今回は、不動堂遺跡について解説しますね。

この遺跡について調べれば、夏休みの自由研究にもいいかもしれないな!

それは、いい考えですね。

この遺跡には、土器や石器も出てきたそうですよ。

では、散歩道で見つけてきたこと紹介しますね。

5,000年前の縄文時代の不動堂遺跡

不動堂遺跡は、5,000年前の縄文時代中期の遺跡です。

実は、この地域は昭和の初め頃から、水田や用水路などでいくつも遺物が見つかっていたそうです。

ですから、ここには遺跡があるということが知られていたのです。

昭和48年頃、水田の整備をするために大規模に土を掘り返す事業が行われることになりました。

そのときに、詳しい発掘調査をすることとなったそうです。

当時、小学生だった私の友人も少しその調査に関わったという話をしていました。

調査の結果

調査の結果、多くの遺物や遺跡がみつかりました。

縄文中期の土器や石器がたくさん見つかったそうです。

縄文中期の土器は、深鉢形土器、鉢形時の口縁部分、代付き土器の口縁部分などです。

火炎土器の様子がよく分かる遺物も多かったようです。

 

また、三内丸山遺跡が見つかるまでは、日本で最も古い竪穴式住居の遺跡が見つかったということで、けっこう話題になっていたそうです。

ちなみに三内丸山遺跡は、6,000年前くらいの遺跡です。

1,000年ほど前になるので、やはり凄いですよね。

また、富山県には北代遺跡(富山市)や桜町遺跡(小矢部市)などもあり、県内各地に縄文時代に人々が暮らしていたことが分かります。

水や食べものが豊富だったのでしょうね。

住居跡の様子

これは、第1号復元住居です。

第2号復元住居よりは小さいですが、平面積約24㎡で、家族が暮らすには十分だったと思われます。

縄文人はこの住居の中で、仲良く暮らしていたのでしょうね。

 

この住居跡は、凄く大きな建物です。

第2号復元住居と立て看板に説明してあります。

全部で、住居跡は22あったそうですが、復元してあるのは、3棟です。

そのうち最も大きいのが、この第2号復元住居です。

平面席は、約120㎡ 長い部分は17m 短い幅が8mです。

 

住居の中

中は、こんな風になっています。

夏でもとても涼しくて、中に入ると意外に明るいです。

太いはしらが均等に建てられていて、床には炉があります。

調査の結果では、4つの石組炉があったようです。

また、2個の埋めかめが規則正しく配列されていたそうです。

この大きな住居は部落の集会所だったのではないかとも言われています。

 

不動堂遺跡の休憩舎

不動堂遺跡の公園の入り口付近には、休憩舎があります。

中には、年表や簡単な説明、遺跡から出てきた遺物等が展示されています。

この年表からは、いかに長い期間縄文時代が続いていたのかが分かります。

また、県内の遺跡についても、表されています。

また、各復元住居跡の詳しい説明もされています。

夏休みの自由研究にお勧め

夏休みの自由研究に縄文時代のことを研究してみませんか?

縄文時代は、今から1万年前~2,300年前くらいまでの8,000年もの長い間続いていました。

その間、どんな生活をしていたのかは、まだまだ分かっていません。

そんな中、不動堂遺跡を訪れて見て下さい。

復元住居の大きさや、中の様子を調査したり、近くにあるまいぶんKANにも多くの資料があるので学芸員の方に教えていただいたりすることで、価値ある研究になると思います。

不動堂遺跡の利用案内・アクセス

不動堂遺跡

富山県下新川郡朝日町不動堂

 

アクセス

北陸自動車道朝日ICより 車で5分

北陸新幹線黒部宇奈月温泉より 車で20分

 

お問い合わせ先

朝日町教育委員会

富山県下新川郡朝日町道下1,133番地

TEL 0765-83-1100

まとめ

今回は、不動堂遺跡についてまとめてみました。

実際に復元住居に入ってみると、古代の縄文人に思いを馳せることができて、素敵です。

親子で訪れると、歴史を一緒に学ぶことが出来ていいですね。

ぜひ、訪れてみてくださいね。

夏休みには、もってこいです。

 

 

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